光触媒のキャリアダイナミクス


 光触媒作用を示す半導体微粒子は数多く知られていますが、反応の微視的機構については有効な実験手法が未だ見出されていないことから、多くの未解明な点が残されています。半導体による光触媒反応は、光吸収による電子―正孔対の生成、助触媒等の作用による電荷分離、界面での酸化還元反応からなる複雑な過程であり、反応機構を理解するためにはこれら素過程それぞれについての微視的な知見が必要です。特に、光生成電荷の挙動については古くから過渡吸収測定によりその再結合ダイナミクスを追跡する手法が用いられ、反応による電荷消費過程をプローブすることで、反応kineticsについての詳細な知見が得られてきました。反応効率を上げるためには、反応に至らずに再結合消失してしまう過程をでるだけなくして、電荷分離状態を長時間保持することが肝要ですが、半面様々な補足準位への遷移は電荷の酸化還元力を奪うという問題があります。現状、種々のドーピングや元素選択によるバンドエンジニアリング、助触媒添加効果による解決策が模索されています。これに対し我々は、これまでほとんど着目されてこなかった「吸着種による電荷補足効果」を明らかにしました。二酸化チタン微粒子を対象とし、大気中や水中環境での測定ではなく、真空下で水蒸気圧を幅広い範囲で精密制御しました。これにより微粒子表面の吸着水量を制御し、赤外領域の過渡吸収測定と組み合わせることで、水分子吸着による電荷再結合ダイナミクスの変調を見出しました。このアプローチの大きな利点は、真空下の測定であるため、定常赤外スペクトル計測を用いて界面の水分子の吸着状態についての詳細な知見が得られるということです。過渡吸収による電荷ダイナミクスとの相関をとることで、表面の水酸基と水素結合した水分子が電荷の補足効率を増大させることを明らかにしました。また、様々な形態のTiO2微粒子での結果を比較することで、この現象が高い曲率を有するナノ粒子の表面において特異的に起こることを示しました。[1,2]

顕微分光による半導体微粒子のキャリアダイナミクス
 粉末微粒子の触媒は当然ながら不均一な粒子サイズ、微粒子の会合による2次構造などの複雑な構造を有しています。反応をドライブする光誘起電荷の挙動はこのような微粒子の構造に強く依存すると期待されますが、その詳細に迫るためには、微粒子一つ一つを分離してそのダイナミクスを検証する必要があります。我々は光学顕微鏡による顕微過渡吸収測定を用いて、可視光水分解光触媒として知られるバナジン酸ビスマス微粒子の光キャリアダイナミクスを粒子ごとに測定しました。その結果、光触媒活性は単一微粒子の場合よりも微粒子が会合して2次構造のサイズが大きくなるほど、増大するという結果が得られました。会合した微粒子間の粒界はキャリアの再結合中心として反応を阻害すると考えられがちですが、この結果は、粒界がキャリア寿命を延ばす重要な役割を担っているということを示しています。[3](東京理科大学工藤昭彦先生との共同研究)

電荷トラップサイトのコヒーレントフォノン
 半導体光触媒の機能発現機構を理解する上で、酸化還元反応を引き起こす光誘起電荷の電子状態を理解することは重要です。特に酸化物半導体において、電荷はポーラロンを形成していると考えられ、周囲の格子ひずみに捉えられていると考えられます。微粒子表面や界面でどのような微視的な構造を有するサイトが補足サイトとして働くのでしょうか。このような電荷トラップと格子構造の相関に関する知見は、これまでほとんど得られてきませんでした。我々は、可視光水分解光触媒として知られるBiVO4微粒子を対象にpump-probe測定を行い、電荷の過渡吸収信号にBiVO4のフォノンに起因する振動波形が重畳することを見出しました。これは、電荷の補足に起因したポテンシャルの変形により、補足サイトの近傍の格子振動が撃力的に励起されたものと考えられます。時間領域の測定により、微粒子光触媒の電荷補足サイトの構造に関する知見が得られる可能性を示しました。[4](東京理科大学工藤昭彦先生との共同研究)

参考文献



1. “Water-Assisted Hole Trapping at the Highly Curved Surface of Nano-TiO2 Photocatalyst”, Kenji Shirai, Gianluca Fazio, Toshiki Sugimoto, Daniele Selli, Lorenzo Ferraro, Kazuya Watanabe, Mitsutaka Haruta, Bunsho Ohtani, Hiroki Kurata, Cristiana Di Valentin, and Yoshiyasu Matsumoto J. Am. Chem. Soc., 140, 1415–1422 (2018).

2. "Effect of Water Adsorption on Carrier Trapping Dynamics at the Surface of Anatase TiO2 Nanoparticles", Kenji Shirai, Toshiki Sugimoto, Kazuya Watanabe, Mitsutaka Haruta, Hiroki Kurata, and Yoshiyasu Matsumoto Nano Lett., 16, 1323–1327 (2016).

3. "Particle Size Dependence of Carrier Dynamics and Reactivity of Photocatalyst BiVO4 Probed with Single-Particle Transient Absorption Microscopy", Mitsunori Yabuta, Atsuhiro Takeda, Toshiki Sugimoto, Kazuya Watanabe, Akihiko Kudo, and Yoshiyasu Matsumoto J. Phys. Chem. C, 121, 22060–22066 (2017).

4. "Electron−Phonon Coupling Dynamics at Oxygen Evolution Sites of Visible-Light-Driven Photocatalyst: Bismuth Vanadate", Norihiro Aiga, Qingxin Jia, Kazuya Watanabe, Akihiko Kudo, Toshiki Sugimoto, and Yoshiyasu Matsumoto J. Phys. Chem. C, 117, 9881−9886 (2013).

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