有機固体における振電相互作用


 共役π電子系を有する有機分子は、固体状態において有用な光応答性や電気伝導性を示す場合が多く、その電子物性は古くから研究の対象とされてきました。有機固体の特徴として、強い振電相互作用が光・電子物性に大きく影響するという点が挙げられます。特に、比較的小さな分子が微結晶や非晶質会合体をつくった集合体では、隣接分子間の電子的結合と分子内・分子間振動によるエネルギー変調の大きさが同程度となり、エネルギーや電荷の輸送過程に振動が大きな影響を与えます。

超高速一重項励起子分裂
 アセン分子の会合体はその電子励起状態において一重項励起子分裂を起こし得ることが近年注目を集めています。これは1つの光子の吸収により生じた一重項励起子が隣接する2つの分子の励起三重項状態に転換する過程であり、これをうまく利用すると光電変換効率を飛躍的に向上できる可能性があります。我々は、ルブレン単結晶において、これまで認識されていなかった新しい機構で一重項励起子分裂が起きることを報告しました。ルブレン単結晶では、平衡核配置において、一重項励起子分裂は対称性から禁制となります。しかし我々はこの物質において数10フェムト秒という超高速の時間スケールで一重項励起子分裂が起きることを見出しました(図1)。これは、この結晶における特異なポテンシャルエネルギー曲面の配置と分子間振動モードの励起によるものだと考えています[1]。(詳しくは理学研究科の紹介記事参照。東京大学 竹谷研究室・京都大学 倉重祐輝 准教授との共同研究)

集合構造による光・電子物性の変調
 有機固体の励起子のスペクトルはvibronic excitonの形成に起因する複雑な形状を示しますが、この線形を解析することで、励起子のコヒーレンスサイズについての知見が得られます。(F. C. Spano, Acc. Chem. Res. 43, 429-439 (2010)) 我々は、この考えを有機固体中に注入された正孔の電子スペクトルに適用し、スペクトル形状から電荷移動積分の情報が得られることを示しました。優れた正孔輸送特性を有するジナフトチエノチオフェン(DNTT)とその誘導体について、正孔の電子スペクトルに現れる振電構造の解析から、正孔の移動効率が集合構造に依存して大きく変化することを見出しました(図2)。[2] また、同様の構造変化が励起子の波動関数の広がりにも影響することを明らかにしました(図3)。[3]

図1:ルブレン単結晶で観測されたコヒーレントフォノン信号(赤)。ルブレン単結晶は平衡核配置では対称性から(inset)一重項励起分裂は禁制であるが、この分子間振動により電子的結合が活性化され、超高速の一重項励起子分裂が可能になったと考えられる。[1]
図2:電荷変調分光により得られたDNTTとそのアルキル鎖誘導体の正孔電子スペクトル。赤線はHolstain modelによる正孔電子遷移の理論予測。アルキル鎖長が長くなるほど吸収端が長波長シフトし、理論解析から正孔の電荷移動積分が増大していることが示された[2]。
図3:時間分解蛍光スペクトルの振電構造の解析から見積もられたDNTT薄膜の励起子コヒーレンスサイズの温度依存性。アルキル鎖修飾により(C10-DNTT)コヒーレンスサイズの増大が起きる。[3]

参考文献



1. "Coherent singlet fission activated by symmetry breaking", K. Miyata, Y. Kurashige, K. Watanabe, T. Sugimoto, S. Takahashi, S. Tanaka, J. Takeya, T. Yanai, and Y. Matsumoto Nature Chemistry, 9, 983–989 (2017).

2. “Microscopic hole-transfer efficiency in organic thin-film transistors studied with charge-modulation spectroscopy”, Kiyoshi Miyata, Shunsuke Tanaka, Yuuta Ishino, Kazuya Watanabe, Takafumi Uemura, Jun Takeya, Toshiki Sugimoto, and Yoshiyasu Matsumoto, Phys. Rev. B, 91, 195306 (2015).

3. "Enhancement of the Exciton Coherence Size in Organic Semiconductor by Alkyl Chain Substitution", Shunsuke Tanaka, Kiyoshi Miyata, Toshiki Sugimoto, Kazuya Watanabe, Takafumi Uemura, Jun Takeya, and Yoshiyasu Matsumoto J. Phys. Chem. C, 120, 7941–7948 (2016).

4. "Decoupling from a Thermal Bath via Molecular Polariton Formation", Shota Takahashi, and Kazuya Watanabe, J. Phys. Chem. Lett. 11, 1349-1356 (2020).

5. "Anomalous Temperature Dependence of Exciton Spectral Diffusion in Tetracene Thin Film" , Tatsuya Yoshida, Kazuya Watanabe, Marin Petrovic, and Marko Kraji, J. Phys. Chem. Lett. 11, 5248-5254 (2020).

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